体温と体温計の話

情報総合

しばらく前、久方ぶりにAmazonでレビューを投稿しました。
7,8年前に買った体温計で39.5℃が出て怪しいので、久しぶりに体温計を買い替え、そのレビューを書いたわけですね。
まぁ、その体温計(オムロン”MC-170″)の話はレビューの方に任せるとして…。

体温計のレビューを書くにあたって、それなりに調べ事はしました。
それで、疑義というか違和感を覚えたので、それを書き記しておきたいと思います。

実測式の体温計は低く計測される?

私が今回レビューを書いた体温計は実測式と呼ばれるタイプです。
そして、そのレビュー欄では、明らかに低く表示されるという旨の評価が数多く見られました。
その証左として、オムロンのよくあるご質問にも「実測式体温計の数値が低く出る」というページが設けられていました。(※1)
はたして、本当にそのようなことはあるのでしょうか?

予測式の体温計が高く計測されるだけでは……

私は実測式が低く出るのではなく、予測式が高く出るのではないかと思っています。
それはまぁ、自分が使った体温計の数少ない個体による経験則と、いろいろな読み物とを思い合わせた結論です。
はてさて、私はなぜそう思ったのでしょうか。

日本人の体温は下がった

「日本人 平均体温」
GoogleでもBingでも、そう検索すると”36.89℃”であると出てきます。
ヒットする個々のサイト群を見てみても、同様の記述がよく見られます。
中でも、体温計メーカーであるテルモも「日本人の平均体温は36.89℃」と書いている(※2)ので、ちょっと調べるくらいならこれを信じてしまうかもしれません。

しかし、これを安易に信じ込むのは、疑問符です。

この平均について出典を見てみると、70年近く以前の調査であることが分かります。
日新醫學(日新医学)という医学雑誌の1957年12月号に掲載された、田坂さんの論文に拠るということです。
確かに、3000余人という大きな母数に対する調査で、信頼性の高いデータであることは間違いないでしょう。
でもそれは、あくまで70年前のデータとしての話です。

この調査(論文)1つを取り上げ、2024年現在に「日本人の平均体温は36.89℃」と吹聴するのは、なんとも無責任ではないかと思わざるを得ません。
日本人の体温は、下がっているというのが通説だからです。
『1980年前後から「わが国の子供の体温が低下してきている」との指摘がなされるようになった』1と高崎さんが述べているように、体温低下論争は数十年前からあります。
中には否定論もありますが、まぁ下がったと考えるのが妥当なのではないかと思います。

日本人の口腔温を見る

※口腔温(こうこうおん)=口の中、舌の下で計測する体温のことです。

2002年の石井さんの論文2に、小児の口腔温を調査したものがありました。
最近とは言いませんが、比較的新しい調査と思います。
それによると、平均体温は小学生で36.36℃、中学生で36.28℃、高校生で36.25℃とのこと。
調査対象は小学生1090名、中学生453名、高校生228名と多数で、信頼性も担保されていると思われます。
さて、この数値をどう思われるでしょうか。
一見、かなり低い値に思われるのではないでしょうか。

しかし、これだけ見て「非常に低い」とするのはミスリードです。
この調査は、体温測定が「起床後」という条件のもとで行われています。
そして、人間の体温は起床前から起床時にかけてが最も低くなります。
W. E. Scalesら(1988)3によると、そこから日中の活動時間にかけて上昇し、夕方ごろに最高温を迎え、その差は約0.8℃程度にもなります。
この変化を概日リズム(Circadian Rhythms)というわけですが、これを加味する必要があります。

では、36.89℃を平均とした田坂さんの調査は、何時頃の測定だったのでしょうか。
これは、インターネット上では調べられませんでした。
(平均は36.89℃だ、そうだそうだとあらゆるところで書かれているのに、その調査での測定条件に触れられているサイトがないというあたり、ネットの情報がいかに信用できないか分かりますねぇ…。)
というわけで、論文を取り寄せて調べました。

一概に比較できないが勘案して比較してみる

論文執筆者の欄で「京京大学医学部田坂内科」って書いていたんですが、そんな大学あったんですかねぇ…。論文の締めにも「すむび」とあったのですが、むすびの誤りではないのですかね…。この論文誤植多いなぁ(´・ω・`)

取り寄せて読んだわけですが、測定した時間帯は不明でした(!)
というよりかは、全体データは「測定時期四季を通ず」ということで、総合データのようです。
これでは比較が困難ですかね…。

と思いましたが、読み進めると午前午後の比較データが別個にありました。「」ということです。
それによると
「男子:年令19才から20才まで,季節5月,室温24℃,湿度60~70%,午前:η1=129人,標本平均x1=36.73℃」
「女子:年令13才~18才,季節10月下旬,室温15~20℃,湿度60~70%,午前:η1=755人,標本平均x1=36.73℃」
という結果でした。4

起床直後に対し、午前という幅のある括りでは一概に比較することはできませんが、ある程度の参考にはなります。
概日リズムを考慮しても、午前の内であれば、それほど体温が上昇しているとは考えにくいでしょう。
というわけで、比較してみましょう。

大きな違いとして、検温が腋窩(腋の下)か口腔(口の中)かという点がありますが、まずこれを加味します。
というのも、腋窩温と口腔温とを比較すると、後者の方が高温であるというのが通説なのです。
1993年の相原・入來さんらの論文5によると、腋窩・口腔の血流量差は5-8倍(!)で口腔の方が高温という有意差があるという話。
数字を見ると0.1℃あまりですが、有意差は有意差です。(他にも「口中温と腋下温とを比べると口中温のほうが0.2~0.5ぐらい高い(※3)という話もあります。)

結論:日本人の体温は下がった

以上を総合し、田坂さん(1957)の示す36.73℃から概日リズムの変化として0.2℃程度を引き、そこに口腔温との差として0.1℃を足します。
すると、石井さん(2002)の示数字との差異はおよそ0.3から0.4℃、これは有意といえる水準の差でしょう。
同条件の比較ではないため正確とは言えませんが、確実に平均体温は下がっていると見るのが妥当な結果です。

予測体温の前提

さて、体温計の話に戻りましょう。
実測式体温計というのは、文字通り体温を実際に測定し、温まった感温素子の温度を結果として表示するものです。
ですから、表示されるのは、測定した部位の実際の温度であるはずです。

対して予測式体温計というのは、短時間で体温を測定し、感温素子の温まり方(温度上昇の仕方)から、その部位の温度を予想して表示するものです。
ですから、温まり方(温度上昇の仕方)について、事前の記録データが用いられます。
換言すれば、このデータに全てが左右されるわけです。

では、このデータは本当に信頼できるのでしょうか。

体温計メーカーは、早くから予測式体温計をつくってきました。
1983年にテルモが開発したところまで遡られ、計算すれば40年も以前となります。
つまり、予測用のデータは、それだけ以前から使われているわけですね。

さて、はたしてこのデータはどこまで現在通用するのでしょうか。
そもそも、体温事情が異なる現代と当時のデータとでは、前提条件に齟齬が出るのではないでしょうか。
そこには、前提として今よりも高い体温があるはずです。
(詳細なアルゴリズムは一般には不明ですから、一様にそうは言えないのかもしれませんが)

予測式体温計の精度

そもそも、予測式体温計の精度はどの程度担保されているのでしょうか。
テルモの90秒計は、実測値との誤差が平均0.01℃である6という君島ら(1994)の調査がありました。(テルモの研究者による論文です)
実測とほとんど差異のない、かなりの高精度ですね。

とは言っても、これはあくまで90秒計の精度に過ぎません。
現在販売されている予測式体温計を見てみてください。
90秒計なんて、どこにもありません(´・ω・`)
売っているのは、15秒計や20秒計、せいぜい長くて30秒計です。
一応テルモP265のような数少ない60秒計もあり、これは一定の精度が確保されていると思います。

しかし、大多数を占める10-20秒計ははたしてどうでしょうか。
例として、同じくテルモからC232Pを実際に使ったときには、実測36.6℃のところを37.0℃の結果が出ました。
個体差、劣化、条件等、種々の要因で誤差が生じる可能性は大いに考えられます。
しかし20秒計でこれですから、15や10秒計の信頼性には疑義があるのではないかと、個人的には思えてなりません。

正確な実測式・高速な予測式

とは言っても、予測式が悪いわけではありません。
ササっと手早く、およその体温が分かるわけです。
少なくとも、発熱があるか否かの目安程度にはなります。
そして、早さや衛生面が求められる病院などでは、予測式は必要条件です。
(腋窩10分もかけて測れませんし、不特定多数が使うのに口中は衛生上問題がありますから、病院では腋下高速測定が適当)

しかし、家庭で使うのであれば、それら前提条件はありません。
ゆっくり数分かけて測れるでしょうし、特定の人しか使わないわけですから、口中4.5分かけて正確に測ることは容易なわけです。
であれば、わざわざ高価で比較的低精度な予測式体温計を購入する理由は、あまりないのではないかと思います。

結局どのような体温計を買うのが良いのか

家庭用であれば、1人1本実測式というのが最適解と思います。
衛生面から見ても、その人専用の体温計を、という形が最も適切です。
加えて、精度の面で言っても、先に述べた通りです。

しかし、時間がかかることは全く否めません。
時間を短縮したい、忙しい現代人には、予測式でしょう。
それでも、最低限30秒(以上)計が望ましいものと思います。
30秒計の精度は、一定以上の再現性を以て信頼性が担保されているという相原(2009)さんの調査があります。7
特に、テルモは中でも評価が高く、誤差±0.2℃以内が98%以上ということです。(次いでシチズン、オムロン)

上論文によると、オムロンの30秒計は予測精度に若干の課題があるような印象ですが、実測についてはその限りではありません。
実測式について論じている部分はありませんでしたが、感温部の設計について、集熱面積が最も広く、かつサーミスタ素子が小さいので、熱伝導率が高いという推察がなされています。
つまり、実測式であれば、同社は(MC-170やMC-171が同様の感温部形状です)高い効率で測温できるものと考えられます。

そのようなわけで、私は個人的に、オムロンの”MC-170″と”MC-171″を部屋の引き出しに入れることにしました。
大きな感温部は、ありていに言ってかなり使いやすいです。

ヒトにすすめるなら(個人的に)

体温計を製造販売しているメーカーは、日本国内で出回っているものだと大体以下の数社です。
私がもし誰かに訊かれて薦めるとすれば、先にも上がった3社、オムロンシチズンテルモです。
というのも、自社製造しているのはこれら3社だけだからです。(日本国内で製造している中小企業を除く)

以下に主要メーカーを示します。

主要体温計メーカー

OMRON(オムロン)【https://www.healthcare.omron.co.jp/product/mc/
OMD(欧姆龙(大连)有限公司=OMRON Dairen Co., Ltd.)【https://www.omronhealthcare.com.cn/

CITIZEN(シチズン)【https://www.citizen.co.jp/
西铁城精电科技(江门)有限公司=CITIZEN SYSTEMS(JIANGMEN) CO., LTD.

TANITA(タニタ)【https://www.tanita.co.jp/
鸿邦电子(深圳)有限公司(Onbo Electronic(Shenzhen) Co., Ltd.)【http://www.onboelectronic.com/index.html

TERUMO(テルモ)【https://www.terumo.co.jp/
TMPH(泰尔茂医疗产品(杭州)有限公司=TERUMO Medical Products Hangzhou Co., Ltd.)【https://www.terumo.com.cn/

dretec(ドリテック)【https://www.dretec.co.jp/
东莞东冠电子制品有限公司(VEGA TECHNOLOGY INC.)【https://vegamedical.com/

内実

タニタは、オンボエレクトロニックという中国深圳の医療機器メーカーにOEM供給してもらったものを販売しているという形です。
Amazonでアズワン(AS ONE)ブランドの体温計も出回っていますが、これもオンボからのOEM供給です。
タニタは血圧計なんかも販売していますが、あれもOEM供給なんですよねぇ…。(台湾AVITA【https://www.avita.com.tw/zh/index-ch/】の製造)

次にドリテックについては、ベガテクノロジーという中国東莞の家庭用医療機器メーカーからのOEM供給です。
体温計月産300万本(!)とのこと。
アイリスオーヤマブランドの体温計もありますが、これもベガテクノロジーからのOEM供給です。
ドリテックはタニタ以上にOEM祭りです。
血圧計は中国の乐心医疗(Transtek Medical)【https://www.lifesense.com/】からのOEM供給、まぁそもそもが製造委託管理業務の会社ですからね。

いずれもISO13485取得で、信頼性はあると思われますが、中間マージン等が挟まったうえでの安価さということは前提において考えるべきですね。

その他に現在(2024/03時点)はTDKが販売する体温計がありますが、これはホックスという日本企業のもので製造も日本です。
いつ頃かまでは興和(KOWA)も体温計を販売していましたが、今はもう販売終了。(ニシトモという会社の製造でした)
それを考えると、日本製の体温計は多分これだけだと思います。

さて、これらを除けば残りは主力3社。
総じて自社生産です。

オムロンはグループ会社のオムロン大連(OMD)で、シチズンはシチズンシステムズ江門で、テルモはテルモ杭州(TMPH)での製造です。
いずれも自社設計自社生産になるので、中間コストもなく品質管理できているものと考えられます。
工業製品ですから個体による品質差は多少なりともあるでしょうが、比較的少ないのではないでしょうか。

この中から、実測式であればオムロンを、予測式であればシチズンかテルモを選ぶのが無難というのが、私なりの結論です。

結局何が言いたいのかまとめる

ネットで「日本人の体温 平均」と検索すると「36.89℃」とずらずら出てきます。
しかし、これは70年近くも以前(1957年)の論文が根拠で、現代の状況に即しているかといえば疑義があります。
そして、一日のうちに人間の体温は約0.8℃上下変動します。
朝36.0℃だったのが夕方には37.0℃くらいになっても何ら不思議はないわけです。
それを分からずに、体温計が壊れているという声がネットのレビュー欄では一部挙がることもままあります。
しかし、それらに惑わされることのないよう、正しい見識を以て考えたいものです。

また、個人的には体温計を買うなら実測式がオススメ。
オムロンのMC-170とMC-171は安くて信用できます。
時間優先で選ぶなら、テルモ(60秒計=P265)かシチズン(30秒計)の予測式あたりが信用できます。
15秒計や20秒計の予測式は…(´・ω・`)私は買わん。

というわけで、以上にて(´ω`)オワリ

参考文献・資料等

  1. 高崎裕治 1997 「現代のこどもの体温について」『日本生理人類学会誌』2巻1号:3-8 ↩︎
  2. 石井好二郎 2002 「口腔温による小児の体温の検討―小児の低体温問題―」『日生気誌』39巻1, 2号:25-30 ↩︎
  3. W. E. Scales, A.. J. Vander, M. B. Brown, M. J. Kluger 1988 ”Human Circadian Rhythms in Temperature, Trace Metals, and Blood Variable” ’Journal of Applied Physiology’ 65(4):1840-1846 ↩︎
  4. 田坂定孝・他 1957 「健常日本人腋窩温の統計値について」『日新醫學』44巻12号:633-638 ↩︎
  5. 相原まり子・入來正躬 1993 「腋窩検温法の検討と口腔検温法との比較」『日生気誌』30巻4号:159-168 ↩︎
  6. 君島邦雄・池田誠・村本裕 1994 「テルモの予測式電子体温計について」『人間の医学』 29巻6号:402-409 ↩︎
  7. 相原弼徳 2009 「電子体温計(30秒計)の予測精度の比較」『日温気物医誌』72巻2号:125-130 ↩︎
その他

(※1)オムロン 「実測式体温計の数値が低く出る」 【https://www.faq.healthcare.omron.co.jp/faq/show/17236?site_domain=jp】(2024/03/04閲覧)
(※2)テルモ 「知っておきたい体温の話」 【https://www.terumo-taion.jp/activity/knowledge/article01.html】(2024/03/04閲覧)
(※3)テルモ 「口中用電子体温計と腋下用電子体温計で値が違う」 【https://www.terumo.co.jp/consumer/support/faq/qa_thermometer.html】(2024/03/04閲覧)

コメント

タイトルとURLをコピーしました